

楽曲解説
〈序〉七夕坂に秘天あり
曙の七夕坂。空がほんのりと白み始めるのに合わせて、「地蔵だけが知る哀嘆」のピアノが淡々と繰り返されます。その上を断片的に奏でられる「七夕坂に朝が来る」の旋律が、朝の到来を予感させます。そんななか厳かに響き渡るのが、能『砧』の一節です。七夕の契りの儚さを偲び、織姫と彦星の再会を祈る謡が、七夕の日の到来を告げ、後のメリーと蓮子の再会をも予感させます。和声が前進したところで、ついに七夕坂に朝がやって来ます。
日の出を告げるのは、トランペットが歌う「七夕坂に朝が来る」の主旋律。再び加わった「地蔵だけが知る哀嘆」のピアノが今度は優しく寄り添います。しかし、暖かな日差しによる安心感も束の間でした。
――七夕坂に小雨が降り始めた。鐘の音が「その時」の到来を告げます。冷たく響く「七夕坂に朝が来る」のピアノと怪しく響く「スモーキングドラゴン」の主旋律に導かれるようにして、再び能『砧』の謡が力強く謡いあげられます。霧が濃くなるにつれて、「スモーキングドラゴン」のモチーフが増えていき、異界の接近を感じさせます。緊張感が最高潮に達したとき―― 扉が開いた。
開けるなかれ、見るなかれ。七夕坂に秘天あり。

〈破〉魔術師が魔女に成る事
異界に迷い込んだメリー。虚ろな目を泳がせながら、ほの暗い闇の中を彷徨います。妖しげな唄を口ずさんでいるのは、誰なのでしょうか。メリー自身なのでしょうか。唄に合わせて、「魔術師メリー」の旋律が奏でられます。今の彼女はまだ魔術師であり、ワキなのです。
突如、狂ったような笛の音と共に能の音が響き渡ります。何かが始まるようです。「クレイジーバックダンサーズ」の旋律と共に、二つの影が現れます。その手には、能面と赤いリボン。無邪気な笑顔を浮かべた二人が、メリーの手を取ります。何も見えていないかのように自然と身体を預けるメリー。その虚ろな顔が白い面と赤い線で隠されたその時、耳元で二つの可愛らしい声が響きます。
「ようこそ、こちらがわへ!」「ようこそー!」
情熱的なZUNペット。そこに「憑坐は夢と現の間に」の旋律が断片的に加わり、メリーの変容を物語ります。今やメリーは魔女でありシテなのです。「禁断の扉の向こうは、この世かあの世か」の機械的な旋律が、メリーを深淵の奥へ奥へと運んでいきます。ついにその姿は闇の中に溶けてしまい―― 儚き歌声を残して、音楽は一度、幕を閉じます。。
メリー
この章が、私が『七夕坂夢幻能』から得た幻覚――観測結果の勘所です。異界存在(シテ)の象徴である能面と某妖怪の象徴である赤いリボン。それらが二童子の手によりメリーに与えられるという映像とその意味深長な雰囲気を、何とか音楽で表現したかったのです。


〈急〉妖鳥は現実能をハネヲトル
終章にあたるこの曲は、メリーを「あちら側」から現実へと引き戻す、いわば救出劇です。ここまでは繊細な展開を重視してきましたが、クライマックスでは「わかりやすくカッコいい」を目指しました。とにかくカッコつける。アツい。
前半部(1ループ目)は蓮子の登場に向けてボルテージを高めていく部分です。秘神の威厳やカリスマが感じられます。途中で「イントゥ・バックドア」が重なり、後戸の国の世界観を演出します。
さて、一時の静寂と共に、ついに彼女が現れます。「月の妖鳥、化猫の幻」の蓮子パートが響きわたり、救出劇の始まりを宣言します。(神主曰く、「月の妖鳥」は前半部が蓮子、後半部がメリーのテーマです。)しかし、遠くに映るメリーはただならぬ妖しい雰囲気をまとっています。「憑坐は夢と現の間に」の旋律がメリーの変容を物語ります。さらに「クレイジーバックダンサーズ」が乱入し、事態は混沌を極め、ついに物語は真のクライマックスへ――
目を閉じると黄金に輝く大地が視える。静かなシンセサイザーの演奏が黄金の世界を描きます。気付けば眼前にメリーの姿が。「マエリベリー・ハーン!」宇佐見蓮子がメリーの手を掴んだその時、「少女秘封倶楽部」のテーマが勇敢に歩み始めます。トランペットの叫びと共にメリーを引き上げる蓮子。駆け上がるような転調に合わせて、「少女秘封俱楽部」のピアノソロが荒ぶりもがきます。追いかけてくる「憑坐は夢と現の間に」。それを振り払おうとする「月の妖鳥、化猫の幻」のメリーパート。激しい攻防。彼女は人か、それとも妖か。その問いに答えるかのように「少女秘封俱楽部」のテーマが二人の背中を押し、押し上げ、ついに頂点に辿り着いたとき、華やかな和音が勝利を宣言し、未来への扉が開いた!
扉が閉まると共に、物語も幕を閉じる。
(最後に曲名の解説をば。現実能とは、夢幻能に対するもう一つの能の形式で、現実を逞しく生きる人々の姿を描いたもの。蓮子にピッタリです。また、「ハネヲトル」とは、『渓嵐拾葉集』巻第六十七の一節からの引用。後戸に関する記述に現れる語で、「跳ね踊る」とも「羽を取る」とも読めるため解釈が分かれる(詳しくは川村湊『闇の摩多羅神』を参照のこと)。ここではどちらでとってもらっても構いません。現実を逞しく生きるのか、異界で羽を取られてしまうのか。妖鳥の躍動が目に浮かびます。)

[結び]ふたりぼっちの常陸帰路
以上の三曲で終わっても良かったのですが、あの昂揚のまま終わるのも落ち着かないなと思い、現実世界に戻ってくるための軽い曲を最後に用意しました。少し希望を感じられるようにアレンジ。最後は「秘封倶楽部の物語はこれからも続く――」的な感じ。
いやしかしイントロがヒロシゲ過ぎる…… 一曲目かと思っちゃうよね

最後のご挨拶
解説が長くなってしまいましたが、改めて本作『七夕坂序破急』を手に取ってくださり本当にありがとうございます(解説も読んでくださった方はもっとありがとうございます)。ご感想ぜひお待ちしております!跳んで喜びます!柳の下で首を長くしてお待ちしております。
また、最後になってしまいましたが、私の細かい注文に快く応えてくださり素敵すぎるイラストを描いてくださった海源様、楽曲にピッタリの歌声で歌ってくださったししゃも様、雰囲気ある二人を真摯に演じてくださったmiwa様とayumi様、このために難しい曲を練習して謡ってくれた友人のモアイ君、本当にありがとうございました!皆様のご尽力のおかげで最高の作品に仕上がりました。
さて、眠れない∞音楽幻象は今後も「音で同人誌を作る」ことを目指して表現を模索していきます。本作を少しでもいいなと思ってくださった方は、引き続き応援してくださいますと幸いです。どうぞよろしくお願いします!
では、良い東方ライフを~
眠れない∞音楽幻象 Nem.(昼夜逆転をなんとかしたい)
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